記憶 あの時の話をしよう そう あれは雪の降る真夜中のこと 私は路地裏の袋小路で 壁に背を預けてしゃがみこんでいた 立つ気力も無く 自分の足を見れば 雪がそのほとんどを覆い隠していた 私は目を閉じ 下を向いたまま身体に残る温かさを感じていた まだ落ち着かない胸の鼓動が 少し早い息遣いとなってはっきりと聞こえている もう自分の息遣いしか聞こえない そう思ったとき ギシッと雪の鳴る音が聞こえた 私は(来たか)と 苦笑を浮かべながら思った 寒さからではなく 笑いで肩が震えている 音はゆっくりと近づいてくる 躊躇うこともなく 急ぐこともなく さも当然のように ギシッ ギシッ ギシッ ギシッ そして音は 私の力無く伸びたままの右足の手前で止まった 私は耳を澄ます もう聞くことしか まともにできそうもない ざわついた空気が落ち着きを取り戻し 雪とともに地面に積もってゆく ゆっくりと しかし確実に 私は待っていた 次の音を そして それはやってきた 何かを取り出す衣擦れの音 何かをはめる金属音 私はゆっくりと顔を上げる 力の軌道が触れて 眉間がジリジリした 軌道の先にあるのは小さな闇 深い深い 吸い込まれるような底知れぬ闇 ……あっ…… そんな音が口から漏れたような気がした 眉間に感じるかすかな温かさと 頭の中をただ突き進んでいく金属を感じる 世界が遠くへ離れていく