『光の在処』  俺は街の通りを歩いていた。  もう深夜になろうとしているのに、ここでは光が途絶えない。鮮やかな無数の色はビルの間で乱反射し、追いやられた闇は路地奥へと鳴りを潜めている。そして、光源である無数の看板には、夜の店が名を連ねていた。  幻想のような光に照らされた通りには、安らぎを求めて彷徨う男たちと、それを叶える女たちとが互いに心の隙間を埋めてくれる相手を探している。 「おっ、あの娘、鶫ちゃんに似てないか?」  後ろの連れに話しかけたつもりだったが、返事がないので振り返ってみれば、そこには落ち着きなく周囲を気にする子犬のような青年の姿があった。 「ん? どうした早樹」 「あ、あのさ、琉史」  潤んだ翡翠色の瞳が、不安に怯えた表情とともに俺を見上げる。 「僕たち、これからどうするの?」 「うーん、そうだな。あの娘の店にでも入ってみるか?」 「えっ! それは、その、あの、つまり、どういう……、あの、えーと」  顔を真っ赤にしながらうろたえる早樹を見ながら、俺は少し安堵していた。最初に見つけた頃の早樹はほとんど口を利かず、昼夜を問わず、曇りの日でさえ空ばかり見上げていたからだ。 「ははは、冗談だよ。冗談。そんなに顔を真っ赤にして、何を想像したんだ?」 「なっ! 何も想像してなんか……もう帰ります!」 「おいおい、もう少しで目的地なんだ。今さら帰るなんて悲しいこと言うなよ。早樹がエロスに目覚めたなんて、鶫ちゃんには言わないからさ」  俯き何も言えなくなった早樹を連れて、俺は近くのビルへと入っていった。      ◆ 「なあ、早樹。ここは嫌いか?」  屋上から街の明かりを見つつ、俺は早樹に問いかける。 「なんですか、いきなり。嫌いですよ、こんな天から光を奪うような世界」 「そうか。じゃあ、なんで鶫を助けた?」 「それは……」  そのとき、どこかからか鈍い振動音が聞こえてきた。隣を見れば、早樹が携帯電話を手にしている。 「あ、深架からだ」  俺の視線を避けるように、早樹は電話に出る。電話からは凛とした男の声が聞こえてきた。 『おい、早樹か。鶫が朝食を作っているから、すぐに帰ってこい』  わかったとだけ返事をして電話を切った早樹は、電話を握りしめたまま下を向いていた。 「それじゃあ、帰るか」  階段口に向かいながら、俺は独り言のように話しかける。  既に夜の鮮やかな光たちは眠りに就き、かわりに昇り始めた陽の光が街を白一色にしていた。  俺は、後ろからついてくる小さな足音を聞きながら、待っている者たちの顔を思い浮かべていた。