『無言の背中』 「先生! こっちです!」  凛としたその声に、俺を見下ろしていた奴等は悪霊のように去っていった。 「おい、生きてるか」  見上げれば、長い銀髪をした女みたいな青年が、さっきとは打って変わった低い声で面倒臭そうに聞いてきた。 「ひどいなー。あれくらいで死にませんよ」  俺は苦笑いを浮かべながらそう答える。  口の中には血の味が広がり、息をする度に鈍い痛みが胸を締め付ける。  それでも壁に手をつきながら立ち上がると、そんな俺を見て彼は「チッ」と舌打ちして立ち去ろうとした。 「待ってくださいよ、ミカエル。怪我人を……放っておくつもりですか」 「怪我人? 怪人の間違いだろ」 「そんな局地言語でダジャレ言っても……誰も……わかりませんよ」 「おまえこそ局地言語で真面目に返すんじゃねえよ。いい加減、屋敷に戻ってメイドにでもちやほやされてろ」 「嫌……ですよ。あんな……霊安室みたいな……場所」 「帰るところがあるだけマシだ」  立ち去りもせずにそう言う彼の背中に、俺は無言で倒れ込んだ。      ◆ 「ミカエーーーーーーーーーーール!」  交錯する瞬間、俺は振り返りながら友の背中へと刃を振るった。  しかし、刃が届く前にミカエルの背が高速で遠ざかっていく。 (ルシフェル! もういいんだ!)  追おうと加速術式を展開しようとした俺の脳裏に、サキエルの声が響く。左上空で台座に固定されて身動きの取れないサキエルが、視線だけをこちらに向けて語りかけていた。  俺はサキエルの瞳を強く睨み返すと、その視線を振り切ってミカエルへと視線を戻す。 「まだだ。まだ道はあるはずだ」  未だに背を向けたままのサキエルに刀の切っ先を向け、俺は意識を加速する。  別の道があったはずだと信じながら、それでも今、その道を歩めなかった自分自身に対する怒りを込めて、俺は胸を締め付ける痛みとともにミカエルへと力を解き放った。