『刃の向かう先』 「司長様、何か御用ですか」  少し幼さの残る顔に笑顔を浮かべながら、サキエルがやってきた。翡翠色の髪は穏やかな風に揺れ、同じ色をした瞳は陽の光に煌めいている。 「ああ、少し話があってな」  私はさりげなく視線をそらしながら、彼に隣の席を勧めた。  ここは空中庭園でも幹部クラスしか入れないプライベートスペース。天からは柔らかい光が差し込み、穏やかな雲がゆっくりと流れていた。円形に植えられた桜の木には花が咲き乱れ、時折強く吹き付ける風に、小さな花びらは雪のように舞っていた。 「独り暮らしには、もう慣れたか?」  私はゆっくりと話しかけた。 「はい、少しずつですが。必要な物は全て揃えていただきましたので」 「そうか。何か困ったことがあったら遠慮無く言ってくれ」 「はい、司長様」 「その、なんだ。司長としてではなく、友人として頼ってくれると嬉しいんだが」  それが嘘でないことを伝えようと、私は隣に座るサキエルへと視線を向けた。  サキエルは、いつもと変わらない少し困ったような笑顔を浮かべ、消え入りそうな声で「すみません」と言った。 (謝るのは私のほうだよ)  小さく溜息をつきながら、私は一面に広がる空を見上げた。 「司長様?」  そんな私を心配してか、サキエルが話しかける。  しかし、私は振り向くことなく話し始めた。  今から私は、彼を奈落へと突き落とそうとしているのだ。 「サキエル。私は……」  私が絶望という名の刃をサキエルに向けようとした時、庭園内に警報とともに暑苦しい男の声が響いた。 『ミカエル、すまん! 厄介なヤツを起こしちまった!』  情報フレームを展開すれば、そこにはケルベロスの群れが映し出された。 「あいつは、いつもいつも……」  私は苛立ちながらも、どこか安堵している自分に気づいて、サキエルのほうを見ることなく彼へと告げた。 「悪い、サキエル。話は、また今度にしよう」 「あ、はい。お気をつけて」 「ああ。ありがとう」  今度とはいつのことなのだろう。  サキエルを背に庭園の出口へと向かいながら、私はその言葉を他人事のように感じていた。