【最終章】  早朝の住宅街を銀髪の魔女と普通の少年が歩いている。 「そうですか。あの人狼は弟さんが……」  自分が人狼に気付いて飛び出したあとのことを、アユムはフラウから聞いていた。 「そうよ。あんた、人狼が放った拳の風圧だけで気絶しちゃうんだもの」  結局何の役にも立てなかったのかと、アユムは困り顔で謝る。 「なんか、すみません」  そんな彼にフラウは首を振ると、 「ううん、でも助けようとしてくれて嬉しかったわ。ありがと」  笑顔を向けて感謝の言葉を口にする。  そして楽しげにスカートを翻すと、アユムの少し前へと躍り出た。  すると、そんな彼女と戯れるように一陣の風がやって来て、白いワンピースが彼女の体にまとわりついた。  柔らかなラインがあらわになって、アユムは銀髪を押さえる彼女の白い体に目を奪われる。しかし、その中にアユムは黒の色を見つけて首をかしげた。  あれ? あの下着……。  アユムの視線がフラウのお尻に注がれる。 「ちょっと、どこ見てるのよ?」  すぐにフラウは気付いて、お尻を隠すように後ろ向きで歩きながらアユムを睨んだ。 「み、見てませんよ⁉ ちょっと考え事をしてただけですよ⁉」  慌てて視線を逸らして言うと、アユムはとっさに次の言い訳を考え始める。 「いやー、そう言えば、親に何も言わずに出てきちゃったなーとか思ってですね」 「ふーん。じゃあ、電話すれば?」 「そ、そうですね」  冷めた視線に顔を引きつらせながら、アユムはポケットに手を入れる。  そして、何も無いポケットの感触に冷や汗を浮かべながら、アユムはさらに言い訳を考え始めた。 「どうしたの? 早く電話しなさいよ」 「えーと、やっぱり、やめておきます」 「なんでよ?」  ポケットに入ったままの手を怪しげに見つめながら、フラウは訊いた。 「べ、別にやましいことをしてたわけじゃないですし……」 「でも、きっと心配してるわよ?」  不思議そうに首をかしげながら、フラウがアユムを追い詰める。 「い、いいんです! 家族なんですから、少しくらい心配かけたって問題ありません!」  アユムは一気にまくし立てると、怒ったように腕を組んで視線を逸らす。  そんな彼を上目遣いでフラウは見つめ、 「ふーん。まあいいわ」  そう言って、自分は手を後ろに組んで前を向く。そして、空を見ながらアユムに言った。 「ところでアユム。あんた、ギアになる気はないの?」 「わかりません」  アユムはふて腐れながらも即答し、フラウと同じように前を向くと、拳を握りしめて改めて決意を口にする。 「その前に、まずは告白です!」 「……そう、だったわね」  フラウは静かにそう言って小さく笑う。  アユムは、フラウと同じ空を見上げて話し始めた。 「僕、思ったんです」  前をゆっくり歩きながら、フラウは黙って聞いている。 「フラウさんを助けようとしたとき、今まではいろいろ考えたり気にしてたけど、そうじゃなくてもいいんだって。自分の気持ちだけで動いてもいいんだって。そう、なんとなくだけど思ったんです」  それにフラウは、自分を重ねて言葉を漏らす。 「自分の気持ち、ね」  まあ、あんたはそれで死にかけたんだけど……。  一抹の不安も覚えながら、それでもフラウは彼の言葉を否定はしない。 「まあ、とにかくやってみなさい」  そう言って、フラウはアユムに振り返る。  そこには少し悲しげな表情のアユムが立っていて、 「じゃあ、僕はこっちなので」  と、左へ続く分かれ道を指さした。 「そう」  フラウは優しい眼差しを一瞬浮かべ、そして目を閉じ俯くと、 「じゃあ私たち、ここで別れましょ」  少し声を震わせて、口元を押さえながら泣く振りをしてみせた。 「あの、僕、これから告白するんですけど……」  呆れ顔でアユムは言って、フラウは腰に手を当て胸を張る。  そして笑顔でこう言った。 「運命なんて、自分の気持ち次第でしょ?」 「そうですね」  大きくため息をついて、アユムはとりあえず頷いた。  そんなアユムを真っ直ぐ見つめて、フラウは胸を張ったまま楽しげに言う。 「私は、いつでも待ってるから。人生に振られたら遠慮無く頼りなさい」  その言葉に、アユムも胸を張って気持ちを返す。 「はい! お世話になりましたっ!」  そして、二人は別の道を歩き出す。  これは、死を忘れた魔女とグラムの牙を宿した少年、二人の出会いの物語。        了