『雨上がりの午後』 「ありがとうございました」  やる気のないチャイムとともに客は何も言わずに出て行く。  僕は誰もいなくなった店内から客が出て行ったほうへと視線を向けた。一面ガラス張りの壁の向こうには通りを挟んで様々な建物が並び、その上にはさっきまで雨を降らせていた雨雲がうっすらと広がっていた。  雲は徐々に薄くなり、雲間からは幾筋もの光が地上へと差し込んでくる。それは天に続く廻廊のようだった。  ほとんど客の来ないコンビニで僕は、ただ空だけを見ていた。      ◆ 「相変わらず暇そうだな、早樹」  凛とした声とともに、長い銀髪をポニーテールにした長身痩躯の男が店内に入ってきた。少し近寄りがたい氷のような雰囲気とは対照的に、園芸用のエプロンをしたその格好は少し可愛くもある。 「深架こそ、仕事中に鶫ちゃんとデート?」  彼の隣には、栗色の髪をショートカットにした、その名のとおり小鳥のような少女がいた。 「そんなわけないだろう。学校へ球根を届けたついでに一緒に帰ってやってるだけだ」  深架のそっけない返事に、隣の少女は頬を膨らませて抗議の表情を向けたが、深架はそのことを不思議そうにただ見つめていた。  鶫は深架の態度に諦めの表情を作ると、こちらへとやって来てレジの隣にある肉まんを指さした。 「下校途中の買い食いは校則違反じゃなかったっけ?」  意地悪をする僕に鶫は瞳を潤ませて、ただ無言でじっと見つめてきた。そう無言で。  彼女は話せない。失声症と言うそうだが、昔大きな事故に巻き込まれたとかで、それ以来、彼女は自分の声を失っていた。 (おまえと鶫は似てるよ)  そんな琉史の言葉が脳裏をよぎった。そうかもしれない。僕は鶫に自分を重ねているのかもしれない。 「おい、早樹。いい加減にしてやれ」  深架の声で我に返ると、目の前には首をかしげた鶫の顔があった。