『黒と白』 (なんで奴がここにいる?)  満月に照らされた山道の途中で、俺は足止めをくらっていた。  目の前には白いロングコートの男が一人。  男は黙ったまま、無表情に針のような細い目をこちらに向けていた。  そして月明かりに照らされた男の周囲には、漆黒の猟犬(ハウンド)が数頭、主人を護衛するように取り囲んでいる。その眼は赤く不気味に輝き、それぞれが4つの視線をこちらに向けていた。それらは双頭の獣だった。 (相変わらず不気味な男だ)  奴とは数度戦場で顔を合わせたことはあるが、特に話したことはなかった。  だが、いつも猟犬を引き連れ、蒐集家(コレクター)と呼ばれるその男の噂は何度も耳にしたことがある。  無駄なことは一切せず、必要なことだけを確実にこなしていく。  俺が嫌いな部類の人種だ。  そんな奴の背後に目をやれば、そこには再建されたバベルが聳えていた。  高さはかつてのそれほどではないが、そこから響く鼓動のような重低音は、確かに塔が機能していることを示している。 (あれのせいで早樹は……)  胸の奥から込み上げる怒りを、俺は必死に押さえつける。  今は過去を思い返している時間は無い。一刻も早く、あれを止めなければならない。  早樹は、きっとあれの稼働に気付いている。そして、必ず止めに来るだろう。そうなれば、最悪あの力を使うかもしれない。 (同じ過ちを繰り返す気はない!)  改めて決意を固めると、俺は錠文を展開した。 「闇刃(アンジン)解放」  掌から溢れ落ちる闇は羽のように軽く、しかし、決して舞い散ることなく艶めかしい刃を形作る。  かつて友へと向けた刃を展開しながら、俺は改めて自分に問う。  断ち切ろうとして出来なかったその意味を。そして、俺にとっての今を。  諦めるつもりはない。それは変わらぬ想いであり、友との絆。  俺は、今はない翼をイメージして姿勢を低くする。  見えないからといって失われたわけじゃない。 (想う力はそこにある!)  そして、俺は前へと初速から全力で飛翔した。  対する蒐集家は薄く口を開き、猟犬はそれに応えて攻撃の意思をこちらへと向ける。  白い月明かりの下で、幾重もの漆黒が交錯した。