『届かない手のひら』  なんて無力なのだろう。  僕は失った左の翼を押さえながら、目の前に広がる空を見つめた。  落ちていく視界の先では、黒くまっすぐな光と白く不器用な光が、何度も何度も激しく交錯している。 (ミカエル、ルシフェル)  二人の名を呼ぼうとしても、それは声にならなかった。術式の影響で自由の利かない身体。聞こえてくるのは風の音と、二人がぶつかり合う重低音。 「ミカエル!」 「ルシフェル!」  そして二人の発する声は、どちらも互いの名を呼んでいた。  まるで標的を定めるかのように名を叫び、それでも届かない想いを刃に変えて、二人は傷つけ合っている。 (やめてくれ)  そう思っても、届ける術のない僕の想いは届かない。二人との距離を思い知らされた僕は、ゆっくりと目を閉じた。  闇の中を落ちていく感覚の中、二人の声が徐々に遠ざかっていく。  消え行く声に溢れ出た涙は、落ちることなく空へと舞い上がるのだろうか。 「サキエル!」  不意に呼ばれた自分の名に僕は目を見開き、咄嗟に彼の名を呼ぼうとしたが、できたのは口を少し動かすことだけ。それでも僕の名を何度も叫びながら、ルシフェルは大きな手のひらを広げて腕を伸ばした。 「おまえにサキエルは渡さない!」  白い剣線とともに放たれた言葉に、僕とルシフェルは引き離され、ルシフェルの視線は再びミカエルへと注がれる。 (やっぱり僕は、一緒にはいられないのか)  僕は舞台に立てなかった役者のように、再開された二人の輪舞をただ見つめていた。  時折近づいてくる黒い翼と、それを拒む白い翼。  その間に、僕の居場所はなかった。 (さようなら)  視界から遠ざかっていく二人の姿を見つめながら、僕は薄れ行く意識とともに自分の想いも空へと手放した。