『翼の意味』  大気が天へと吸い込まれていく。  空には月のような穴が開き、その向こうには蠢く闇があった。  闇の波間には時折光が浮かび、それは獣の視線のようにこちらを覗いている。  空間は歪み、時間は軋み、猶予は容赦なく消費される。  僕は背後へと振り返り、そこにいる3人の姿を見つめた。  鶫は深架の腕の中で静かな寝息をたて、深架はこちらを心配そうな瞳で見つめている。そして、その横で琉史は何かを叫んでいた。  結界によって拒絶された空間の中で、僕はかつての自分を思い返していた。  僕は、あの時と同じことをしようとしている。  でも、あの時とは明らかに違う。  あの頃は、漠然と誰かのためになりたいと思っていた。  自分には何もないから、自分がいても何もできないからと、ただの兵器になることを志願した。  そうして道具になれば、誰かの役に立てると思っていた。  それでいいと思っていた。  でも、僕はみんなと出会った。 「ありがとう」  聞こえるはずのない一言を、それでも僕は口にした。      ◆  上空では、歪んだ空間がバベルの先端を呑み込み始めていた。  ゆっくりと息を吸い込み、力ある言葉を紡ぐ。 「錠文解放」  その瞬間、背後で空気が弾けた。  解放された翼は僕の意思とは関係なく、空を覆うほどに、天を隠すほどに広がり、月明かりさえも拒絶して闇を生み出す。  闇は静寂を迎え入れ、満たされた静寂の向こうから、闇を引き裂く無数の光糸が複雑な模様を描き出す。  次々と進行する式に乗せて、僕は最後の言葉を紡いだ。 「天蓋顕現」  その言葉に光糸は輝きを増し、静寂を抱いた闇が蒸発していく。 「うおおおおおおおおおおお!」  背中に走る激しい痛みに、僕は吠えた。  翼が引き抜かれていく。皮膚は千切れ、骨は軋み砕け、腱が弾けて不気味な旋律を奏でる。  天へと帰る翼と僕との間には、幾重もの赤い鎖が垂れ下がり、僕は自由を失った。  天には月明かりに照らされた巨大な門が開き、その向こうには蠢く闇が見える。  闇を抱えた門は、僕の意識とともにゆっくりと閉じていく。  そして門が閉じる瞬間、僕は3人の声を聞いた気がした。